読書メーターやってます 情報番組?
公開 2026/09/01 11:01
最終更新
2026/09/05 00:02
原文 #
久しぶりに読書メーターにログインをしたら、そこにあったのは、驚天動地のデータでした。先月読了本がたったの3冊ポッキリ!!ウケる。実にウケる。しかも、全部、うっすい本。読みかけ2冊が終わる寸前ではあるにしても、読まなすぎ。目下、歌とあつ森に全力投球中。ポッポ氏が人の顔見る度に「あつもってほしい」と言うけれど(あつ森は動詞だったのか?笑)、もう十分やっている気がします。
ログインで驚いたことが、もう一つありました。BOOK☆WALKERのコイン3百円分が当たっていたのです。読了本の登録でキャンペーンに参加したことになっていたようです。
コインの期限は9月末まで。
『可及的すみやかに森博嗣に投入せよ!』
とBOOK☆WALKERがおっしゃっています。(違います)
森博嗣先生、ごめんなさいね。稼ぎすぎてお金余りまくってるっぽいようですが、買わせていただいちゃいます(笑)
9月9日に、みなさんご存知の藤崎翔の新作が発売になるんですけど、これはいただいたコインなんかでは買いません。
街の書店に、自らの足で買いに行くのです。手に持ちたいのです。このブログだのSNSだのを見る端末と同じ手触りの、つるつる画面ではなく、物体として感じたい。
電子書籍は、情報は買えるけれど、感動が1%程度は減る気がします。(数値はニュアンス・笑)手に持った重み。ペラペラとめくる感触。この辺に書いてあったという記憶の残り方。けっこう大事です。
そして、藤崎先生に『買いました』の自慢をするには、やはり電子より物体の写真です。(笑)Xとインスタで藤崎翔の名前入れて、買った自慢や感想あげておけば、藤崎先生はいいねしてくださいます(笑)感想ならリポストもしてくださいます。いいねがほしい方は、藤崎翔の本を買って読んで、感想をあげればよいにです。(笑)藤崎先生のファンがそれを見て、いいねをしてくれます。(悪口、批判でなければ)
話は戻り、森博嗣を電子で買っているのにも実は理由があるのです。電子はラインもブックマークも仕放題。だから、ここ最高!が多発する森博嗣のエッセイによいのです。そして、外出のときに本を忘れても読める。既読であっても、エッセイなら、何度でもちょこっと楽しめる。
使い分けです。
でも、月3冊…(笑)
読めよ!私!
私にとって、本は自分の未来をつくる物であり、自分に携える物である。(←削除し忘れて、AIに投入してしまった却下すべき一文(笑))
朝の情報番組変換 #
朝の情報番組・特集
「読書の秋を前に、驚きの読書実態が明らかに」
――まずはこちらのニュースです。
久しぶりに読書メーターへログインしたところ、そこに表示されたのは、驚きのデータでした。
先月の読了本、わずか3冊。
たった3冊です。
しかも、いずれも比較的うすい本。
現在、読みかけの本が2冊あり、こちらもまもなく読了する見込みではあるものの――
それにしても、読まなすぎです。
いったい何が起きているのでしょうか。
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■専門家に聞きました
現在の生活について筆者に話を聞いたところ、
「目下、歌とあつ森に全力投球中です」
とのこと。
さらに、同居するポッポ氏からは、顔を見るたびに、
「あつもってほしい」
との要望が寄せられているということです。
ここで新たな疑問が生じます。
「あつ森」は、動詞だったのでしょうか。
「あつ森をしてほしい」ではない。
「あつもってほしい」。
「あつ森する」から「あつもる」へ。
日本語の新たな活用形が誕生した可能性があります。
ただし筆者によりますと、
「もう十分やっている気がします」
とのことです。
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■さらに驚きのニュースが
今回のログインで判明したのは、読書冊数だけではありませんでした。
なんと、
BOOK☆WALKERのコイン300円分が当選。
読了本を登録したことで、いつの間にかキャンペーンへの参加条件を満たしていたようです。
しかも、このコインには期限があります。
9月末まで。
そこで筆者の脳裏に、ある指令が浮かびました。
「可及的すみやかに森博嗣に投入せよ!」
……もちろん、BOOK☆WALKERはそんなことを言っていません。
筆者の妄想です。
しかし、300円分のコインは森博嗣作品に投入される可能性が高いとみられています。
筆者は森博嗣氏について、
「稼ぎすぎて、お金が余りまくっているっぽい」
と述べつつ、
「ごめんなさいね。買わせていただいちゃいます」
と、購入の意思を示しています。
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■一方、9月9日には別の動きが
9月9日には、藤崎翔氏の新作が発売されます。
こちらについて筆者は、明確な方針を示しています。
「これはいただいたコインなんかでは買いません」
街の書店へ、自らの足で買いに行く。
そして、
手に持つ。
ここが重要だということです。
ブログやSNSを見るための端末と同じ、つるつるした画面ではなく、
本を物体として感じたい。
手に持ったときの重み。
ページをペラペラとめくる感触。
「この辺に書いてあった」という記憶。
筆者は、こうした身体的な情報も読書体験の一部だと考えています。
電子書籍については、
「情報は買えるけれど、感動が1%程度は減る気がする」
とのこと。
なお、この「1%」については、
数値はニュアンスです。
科学的根拠はありません。
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■なぜ、わざわざ紙の本を買うのか
理由はもう一つあります。
藤崎翔氏に「買いました」と自慢したい。
紙の本なら写真が撮れます。
その写真とともに、XやInstagramに投稿する。
藤崎翔氏の名前を入れておけば、
いいねが来る。
感想を書けば、
リポストされることもある。
さらに、その投稿を見た藤崎氏のファンからも、いいねが来る可能性があります。
つまり、
本を買う
↓
読む
↓
感想を書く
↓
藤崎先生に見つかる
↓
いいねされる
↓
ファンにもいいねされる
という、読書後の二次的な喜びまで発生するわけです。
なお、当然ながら、
悪口や批判ではないことが前提です。
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■では、なぜ森博嗣は電子なのか
ここで話が少し変わります。
森博嗣氏の作品を電子書籍で購入していることには、明確な理由があります。
それは、
線を引き放題。
ブックマークもし放題。
だからです。
森博嗣氏のエッセイには、
「ここ最高!」
が頻繁に発生します。
そういう本には、電子書籍が非常に向いている。
さらに外出時、
「本を忘れた!」
という事態が起きても読めます。
そして、すでに読んだエッセイであっても、
ちょっとだけ読む。
これができる。
紙と電子。
どちらが優れているという話ではありません。
用途によって使い分けている。
ということです。
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■そして、今回もっとも重要な問題
ここまで聞いて、ある疑問が浮かびます。
森博嗣のエッセイは電子で読む。
藤崎翔の新作は紙で買う。
読みかけの本は2冊ある。
それでも、
先月の読了本は3冊。
現在の生活を確認すると、
歌。
あつ森。
そして、ポッポ氏による「あつもってほしい」の連呼。
どうやら読書時間は、ここでかなり圧迫されているようです。
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本人に聞きました。
「読めよ! 私!」
以上、現場からお伝えしました。
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【今日のまとめ】
電子書籍も、紙の本も、それぞれに役割がある。
しかし、読書そのものをしなければ、どちらを選んでも始まりません。
本とは、単なる情報媒体ではない。
自分の未来をつくる物であり、
自分に携える物である。
――そう考える筆者の、先月の読了冊数は、
3冊。
今月の読書動向が注目されます。
