社会人下っ端門下生の土日ルーティーン②
公開 2023/03/11 14:33
最終更新
2026/05/04 19:45
*2023/03/11の日記よりサルベージ*
一昨年、無事にコンクール新人部門(下級プロ試験的なやつ)に合格したと喜んでいる暇もなく来年は優秀部門(中級試験)がやってきますワァオ!!
ということで本日も観光業にあるまじき土曜休みをどうにかもぎ取り、朝から道場のトイレにハ○ターをぶちまけてピッカピカにし、ガキどもが食い散らかしたせんべいのカスが散乱する床を元気よく掃きまくっておりました。ところがっどこい、私が掃除を終えて着物に着替えても、一緒に稽古のお約束をしていたお姉さんが来ない。お姉さんは芸歴三年弱で今年の夏に下級試験の予定。が、いっこうに来ない。なんでやなんで私ひとりが掃除全部やってんねん今年コンクール受けるのあなたやn……おっとお姉さんが来たようだ……と思えば、開口一番、
「コンクール稽古も、舞踊も、やめます」
なんでやああああああああああああああ!!どうした!!先週コンクールに必要な着物やら小道具やらウン万円分お買い物しとったやんあんた!なんでや!!
先生をまじえて20分ほどお話をしたお姉さんはちょっと泣きながら帰っていき、先生はそれから2時間ほど「どうしてこうなった…」と頭を抱え悲しみをこぼし続けた。お昼をすぎ空腹と足のしびれの限界を迎えた私は嘆く先生を労るためス○ローにお連れし(めっちゃ空いてた)、ショックで寿司の味がもうわからんと言いつつ私の二倍ほどの皿を平らげた先生をスーパーまで送り届けた午後三時、ようやく帰途についた……って稽古してないじゃねぇか今日!!
せめてそういう話をするときは前日に連絡してくれ。稽古は出なくていいから、私の稽古終わったタイミングで道場来て話をはじめてくれ。
だって、稽古始める前に「やめます」って話されて、「じゃ、あれはやめるいうから、それはさておきアンタの稽古はじめようか」なんてそんな気分なれないでしょうがあああ!!私稽古のために今日の休み取ったのになんも稽古できなかったじゃないか。諸事情があるにせよ時間泥棒である。そこは解せぬ。お伺いは大事。
それはさておき、お姉さんが舞踊をやめるに至ったのは、新年度に向けての仕事の人事が厳しくなったのと生活苦で精神がキャパオーバーしてしまったことが原因のよう。
正社員でもクソみたいな手取りしかもらえないこの島は会計年度や契約だとおちんぎんはすずめの涙で財布は戸締りである。昔から物価は高いし(輸送費)アパート一人暮らしはきりつめなきゃなりたたぬ。貧乏だが親の土地・親の家で子ども部屋ギャルをしている私はマジで恵まれてるほう。そしてお姉さんはあまりメンタルが強いほうではなかった。
私も今よりド貧乏だった高校~大学時代はほぼほぼ舞踊をしていなくて家庭はまあまあ崩壊していたので、家計傾いてるときマジでメンタルやられるし、そんとき舞踊はやめようと決めていたのでお姉さんの気持ちは本当にわかりすぎて辛い。が、いっぽうでメンタルお化けが勢揃いしたこの道場に身を置いて早五年、クソブラック企業にムチ打たれること三年、レアメタルのような心臓と脳筋を手に入れてしまい、「泣くくらいなら私はやめないけどな…」と一瞬でも思った私はすっかりこの界隈に毒されていることをあらためて自覚させられてこれはまた悲しくなった。芸の道は人の心を食う。
巷では「伝統芸能を守ろう!」「もっと興味をもって」「実演家を育てよう」などとやたら宣うが、わが県の貧困率は内閣府によると29.9%、全国平均の二倍以上とグーグル先生がさっき教えてくれた。舞踊(立ち方)・三線・笛・箏・胡弓・太鼓……どれも極めれば極めるほど金はかかるが、そのなかでも舞踊はいっとう初期投資と諸経費が半端ない。演目に合わせた衣装に小道具、購入じゃなくても当然レンタル料が発生するし、道場の設備費・茶菓子代、コンクール稽古時の先生の食事の用意や当日のお手伝いさんたちへの駐車場代から昼食代、謝礼金……挙げればきりがなく、だいたい個人事業主であるお師匠さんが確定申告に弱いので経費が計上できずそのしわ寄せが門下生にいくのだ。生きていくだけで精一杯の県民がどうして伝統芸能だなんだといってられると?うちの道場に通っているちびっこたちは総じて実家が太いお嬢ばっか。当然だ。
そもそも、古典芸能の基礎になった古の御冠船芸能は士(士族・国家公務員)やその子弟の業務で外交上の国家プロジェクトだった。我々百姓には縁遠い大変高尚な宮廷芸能である。王国瓦解後は職にあぶれた士族が食っていくために大衆芸能化していったが、芸能で食っていけないのが現代なのだ。つらたん。
私の場合、一度やめようとした時期をやり過ごして以来はやめられねぇなと思っているので(先生には「アンタも信用できんよもう!」と言われたが)、月謝をツケにしてもあと払いで衣装借りまくってでも続けるような気がする。なぜ自分がここまで舞踊が好きなのかマジでわからん。けど舞踊やめよう思ってた時期が人生の暗黒期だったことは間違いない。舞踊がないと死ぬわけではないが舞踊をしていない私は死んでいるのかもしれない(支離滅裂)。
話を戻すが、お姉さんがやめるのはとても悲しい。
家計もメンタルも、みんなそれぞれキャパが違うのだ。
もちろんメンタルがオリハルコンになっても財布が重たくなるわけではないが、人の心が滅されてしまった私は気の持ちようでどうにかなったのではないかなどとふと思ってしまい、ますます失ったはずの心が痛い。それはまぼろし。
そして夕方、久しぶりに歩いて買い物に行った帰り、傘を持ってなかったかさは雨に降られる。
みんなこの島が悪いんや…
なんというサタデー。
おわり。
一昨年、無事にコンクール新人部門(下級プロ試験的なやつ)に合格したと喜んでいる暇もなく来年は優秀部門(中級試験)がやってきますワァオ!!
ということで本日も観光業にあるまじき土曜休みをどうにかもぎ取り、朝から道場のトイレにハ○ターをぶちまけてピッカピカにし、ガキどもが食い散らかしたせんべいのカスが散乱する床を元気よく掃きまくっておりました。ところがっどこい、私が掃除を終えて着物に着替えても、一緒に稽古のお約束をしていたお姉さんが来ない。お姉さんは芸歴三年弱で今年の夏に下級試験の予定。が、いっこうに来ない。なんでやなんで私ひとりが掃除全部やってんねん今年コンクール受けるのあなたやn……おっとお姉さんが来たようだ……と思えば、開口一番、
「コンクール稽古も、舞踊も、やめます」
なんでやああああああああああああああ!!どうした!!先週コンクールに必要な着物やら小道具やらウン万円分お買い物しとったやんあんた!なんでや!!
先生をまじえて20分ほどお話をしたお姉さんはちょっと泣きながら帰っていき、先生はそれから2時間ほど「どうしてこうなった…」と頭を抱え悲しみをこぼし続けた。お昼をすぎ空腹と足のしびれの限界を迎えた私は嘆く先生を労るためス○ローにお連れし(めっちゃ空いてた)、ショックで寿司の味がもうわからんと言いつつ私の二倍ほどの皿を平らげた先生をスーパーまで送り届けた午後三時、ようやく帰途についた……って稽古してないじゃねぇか今日!!
せめてそういう話をするときは前日に連絡してくれ。稽古は出なくていいから、私の稽古終わったタイミングで道場来て話をはじめてくれ。
だって、稽古始める前に「やめます」って話されて、「じゃ、あれはやめるいうから、それはさておきアンタの稽古はじめようか」なんてそんな気分なれないでしょうがあああ!!私稽古のために今日の休み取ったのになんも稽古できなかったじゃないか。諸事情があるにせよ時間泥棒である。そこは解せぬ。お伺いは大事。
それはさておき、お姉さんが舞踊をやめるに至ったのは、新年度に向けての仕事の人事が厳しくなったのと生活苦で精神がキャパオーバーしてしまったことが原因のよう。
正社員でもクソみたいな手取りしかもらえないこの島は会計年度や契約だとおちんぎんはすずめの涙で財布は戸締りである。昔から物価は高いし(輸送費)アパート一人暮らしはきりつめなきゃなりたたぬ。貧乏だが親の土地・親の家で子ども部屋ギャルをしている私はマジで恵まれてるほう。そしてお姉さんはあまりメンタルが強いほうではなかった。
私も今よりド貧乏だった高校~大学時代はほぼほぼ舞踊をしていなくて家庭はまあまあ崩壊していたので、家計傾いてるときマジでメンタルやられるし、そんとき舞踊はやめようと決めていたのでお姉さんの気持ちは本当にわかりすぎて辛い。が、いっぽうでメンタルお化けが勢揃いしたこの道場に身を置いて早五年、クソブラック企業にムチ打たれること三年、レアメタルのような心臓と脳筋を手に入れてしまい、「泣くくらいなら私はやめないけどな…」と一瞬でも思った私はすっかりこの界隈に毒されていることをあらためて自覚させられてこれはまた悲しくなった。芸の道は人の心を食う。
巷では「伝統芸能を守ろう!」「もっと興味をもって」「実演家を育てよう」などとやたら宣うが、わが県の貧困率は内閣府によると29.9%、全国平均の二倍以上とグーグル先生がさっき教えてくれた。舞踊(立ち方)・三線・笛・箏・胡弓・太鼓……どれも極めれば極めるほど金はかかるが、そのなかでも舞踊はいっとう初期投資と諸経費が半端ない。演目に合わせた衣装に小道具、購入じゃなくても当然レンタル料が発生するし、道場の設備費・茶菓子代、コンクール稽古時の先生の食事の用意や当日のお手伝いさんたちへの駐車場代から昼食代、謝礼金……挙げればきりがなく、だいたい個人事業主であるお師匠さんが確定申告に弱いので経費が計上できずそのしわ寄せが門下生にいくのだ。生きていくだけで精一杯の県民がどうして伝統芸能だなんだといってられると?うちの道場に通っているちびっこたちは総じて実家が太いお嬢ばっか。当然だ。
そもそも、古典芸能の基礎になった古の御冠船芸能は士(士族・国家公務員)やその子弟の業務で外交上の国家プロジェクトだった。我々百姓には縁遠い大変高尚な宮廷芸能である。王国瓦解後は職にあぶれた士族が食っていくために大衆芸能化していったが、芸能で食っていけないのが現代なのだ。つらたん。
私の場合、一度やめようとした時期をやり過ごして以来はやめられねぇなと思っているので(先生には「アンタも信用できんよもう!」と言われたが)、月謝をツケにしてもあと払いで衣装借りまくってでも続けるような気がする。なぜ自分がここまで舞踊が好きなのかマジでわからん。けど舞踊やめよう思ってた時期が人生の暗黒期だったことは間違いない。舞踊がないと死ぬわけではないが舞踊をしていない私は死んでいるのかもしれない(支離滅裂)。
話を戻すが、お姉さんがやめるのはとても悲しい。
家計もメンタルも、みんなそれぞれキャパが違うのだ。
もちろんメンタルがオリハルコンになっても財布が重たくなるわけではないが、人の心が滅されてしまった私は気の持ちようでどうにかなったのではないかなどとふと思ってしまい、ますます失ったはずの心が痛い。それはまぼろし。
そして夕方、久しぶりに歩いて買い物に行った帰り、傘を持ってなかったかさは雨に降られる。
みんなこの島が悪いんや…
なんというサタデー。
おわり。
